- 靴磨きを習慣にすることで得られるメリットがわかる。
- 靴を磨いてみたくなる。
靴磨きの価値観の違い

薫池先輩はどれくらいの頻度で靴を磨いてるんですか?
信号のある気配がしない長い直線道路で、営業車のハンドルを両手で握りしめる僕は助手席に座る薫池先輩に質問をした。
片道2時間かかる遠方の得意先への同行商談を終えた夕日の差し込む帰り道。一仕事終えた充足感に満ちた車内は、なんだか何を聞いても許さるような心地よい空間になっていた。
ヨシがこんな質問をしたのは、今回の商談の時に交わしたある会話がきっかけだった。
「薫池くんの靴、今日も一段と綺麗だね~!」
商談相手となる社長はまるでいつものことのように先輩に向けて話し始めた。
先輩はどこか嬉しい表情を堪えるように微笑み、そして紳士たる堂々とした姿勢で感謝を言葉にした。
そこからというもの、商談自体はうちのエース社員である薫池先輩のおかげで順調に進んだのだが、自分の足元が気になってしまい居心地最悪だった。
というのも、就活の時に量販店で購入し現在までの5年間ずっと履き続けているヨシの黒い革靴は、歴戦の戦士の風格を思わせる…いや、端的に言って色あせた傷だらけの汚いモノだったからだ。
「靴は履きつぶすモノ。履けなくなったら新しいモノを買えばいい。」という考えだったため、ヨシは今まで靴というものを磨いたことがなかった。
やっぱり靴は磨い方がいいんだろうか?
自分の靴に対する価値観への葛藤と疑問が頭の中でメリーゴーランドに乗り始めた。そこで冒頭の通り先輩に聞いてみたのだ。

そうだな…。靴は基本毎日手入れしているよ!
なにぃぃいい!!???
毎日?!毎日磨くのか?!さすが先輩!それでこそ僕の憧れである目標の存在!でも、毎日磨くなんて僕には…。
驚いた様子を隠せないヨシの顔を見て、薫池は自分の言った内容を改めて言い換えた。

あ!毎日「磨く」わけではないぞ?靴を磨くのはだいたい月に一回。
あとは簡単にブラシでケアをするのが毎日って感じだな!
びっくりした。ということは日常の手入れはそんなに手間のかかるものではないんだなぁ。
少しほっとした面持ちになった僕を見て、薫池先輩は微笑んで再び車窓から見える景色に視線を戻した。
そういえばたしか、薫池先輩の趣味は靴磨きだったはず。以前会社の飲み会でそんな話をしていたのを思い出した。
趣味で靴磨きって、なかなかいないからすごく渋くてダンディだなぁと思ったのは印象に強く残っている。でもどうして先輩は趣味になるほど靴磨きを好きになったんだろう?

先輩、靴磨きをすることって何か良いことがあるんですか?
僕にとっては靴って履きつぶす考えが強いから、なかなか理解できなくて…(笑)

そうだな…。それじゃあ俺が、靴磨きを習慣にして良かったことを話そうか。
モノを大切に扱うこだわりが出てくる。

卒業間近の高校3年の2月、部活の監督である僕の恩師にリーガルの革靴を買ってもらった。
毎年、所属している部活の卒業生に「卒業祝い」として革靴をプレゼントしているそうだ。
僕にとって人生で初めて手にする自分の革靴。リーガルのお店の雰囲気といい、値札に書かれた価格といい、まさに大人の階段を上るかのようなあのドキドキ感は忘れられない。
僕にとって卒業祝いのリーガルの革靴は特別なモノだった。当時までは。
大学生から就職して営業職に配属されるまでの間は、手入れの仕方がわからなかったことから泥がついても水に塗れてもお構いなし。基本放置状態。
手入れを放置していたからか、いつしか買ってもらった頃の思い入れを忘れていたのかもしれない。
就職し営業職に配属されたとき、「できる営業マンがやっていること」という雑誌を手にすると、靴磨きをすることが書かれていた。
「そういえばやったことがなかったな。」
新人としての勢いもあったのだろう。この際にやり方を調べてやってみようと思い立ち、僕の唯一の革靴であるリーガルの革靴を磨くことにした。
雑誌で紹介されていた基本のシューケア用品を東急ハンズで買い漁り、YouTubeで「靴磨き」と検索して見よう見まねで靴を磨いた。
ブラシでホコリを落とし、クリーナーで汚れを落とす。そして靴クリームを塗り込んでブラッシング。
ひとつひとつの工程の中で革靴がキレイになっていくと同時に、当時のあのドキドキ感が蘇りリーガルの革靴への思い入れもまた再び輝きだした。
買ってもらってから5年ほどたっても、まだまだ現役として履けるということに驚いた。
「手入れをしてあげれば、モノはこんなに長持ちするんだなぁ」
靴磨きをするようになってから、靴だけではなくモノを大切に扱うようになった。
定期的にお手入れをすればお気に入りのモノを一生モノとして使えるし、なにより愛着が湧いてくる。
靴磨きはモノを大切に扱うこだわりを教えてくれる、素晴らしい習慣だと気づきました。
立ち姿や振る舞いがエレガントになる。

「靴は履きつぶすモノ。履けなくなったら新しい靴を買えばいい。」
靴磨きを習慣にする前まで、革靴をスニーカーのように扱っていたかもしれない。
手が塞がっているときにドアを開けようと足を使って大胆に開けたりもした。
時間に余裕がないときに雨が降った翌日の水溜り畑の歩道を、運動会のグラウンドであるかのように走って移動したりもした。
その証拠に、僕の革靴はたくさんのキズや擦れ、シミなどでいっぱいだった。いわゆるボロボロ。
逆にいえば靴を見ればその人がどんな行動や振る舞いをしているのかがわかってしまうといってもおかしくはないだろう。
その通りで僕は、革靴が傷つくような行動を当たり前にとってきたし、モノの扱いも雑だった。
そんな僕が靴磨きを習慣にすると、全くの別人になってしまった。
手が塞がっているときにドアを開けようとするなら、手に持った荷物を置いてからドアを開けて入るようになった。
時間に余裕がないときに雨が降った翌日の水溜り畑の歩道を通らなければいけないならば、正直に遅れることを伝えて靴が汚れない道を選び、歩いて移動するようになった。
足元を傷つけない余裕のあるエレガントな振る舞いや立ち方を無意識に取るようになったのだ。
自分の手で靴を綺麗にすると、靴を綺麗なままにしたいと思うようになったからだろうか?
靴を磨くという手間によって、モノに想いが宿るからなのかもしれない。
第一印象が良くなり、頼られるようになる。

就職活動をしているときに毎日のように言われていたのが「面接は第一印象で決まる」ということ。
最初の5秒で決まるとか、第一印象で9割決まるとか耳が痛くなるほど聞かされていたし、聞きたくなくても情報としてスマホの画面から飛び出してくる。
でもこれは科学的にも証明されているみたいだ。
「ハロー効果」という心理効果がある。これは「対象を評価するときにある特徴によって他の特徴についての評価も変わってしまう」という心理効果だ。
つまり、第一印象が良ければ他に悪い欠点があったとしてもあまり影響されないということ。
靴磨きをする前までは身だしなみにそこまで気を遣うことなんてなかった。
スーツは見た目よりも動きやすく息苦しくない機能性を取り、ヘアセットも面倒だからドライヤーで髪をいい感じに乾かすだけ。
そのせいもあってか、上司と商談に行く取引先からの電話はすべて上司宛てだった。経験豊富な上司に仕事を任せたほうが信頼があるのも理由のひとつだろう。
靴磨きを習慣にするようになってからは靴を大事に扱うようになり、自然と行動や振る舞い、姿勢も良くなった。そして見た目にも気を遣うようになった。
そんなとき、新規営業で上司と伺ったお客様から電話があった。
「この前の商談の件でお電話したのですが、Yoshiさんお手すきですか?」
いつものように上司に電話の内線をつなぐ体制を取ろうとしていたので、慌てて内線ボタンから手を離してメモ帳とペンを取り出した。
初めての指名である。
だが、これだけで指名の電話は終わらず、また指名。またまたご指名と、少しずつ新人の僕宛ての電話が来るようになったのだ。
後々初めて指名で電話してくれたお客様と仲良くなったときに「どうして上司ではなく新人の僕に仕事を任せてくれたのですか?」と聞いたところ、たった一言で答えてくれた。
「なんとなく印象が良かったからかな(笑)上司の人はちょっと頼りない感じがしたからさ(笑)」
僕はこの経験から、靴磨きを習慣にするとこんな変化が生まれると気づきました。
靴を磨けば行動が変わる。 行動が変われば姿勢が変わる。 姿勢が変われば印象が変わる。 印象が変われば出会いが生まれる。
騙されたと思ってやってみよう!この世はやるかやらないか!
無事に営業車で会社まで到着し、オフィスに戻ってメールをチェックしすぐに退勤した。
薫池先輩から聞いた「靴磨きを始めてからのメリット」について思い出しながら街灯が点灯し始めた街並みを歩き自宅に到着した。
いつもなら無造作に脱ぎ捨ててベッドにダイブするところを今日は堪えて、できる限り丁寧に革靴を脱いだ。
カバンを置き、脱いだ靴をよく観察するとホコリや泥、傷でいっぱいの靴に驚愕した。

靴磨き…か…。
尊敬する薫池先輩の話であったが、正直なところ「靴を磨くだけでそんなに変わることができるのだろうか?」と疑いの念を抱いてしまう自分がいた。
そんなとき、薫池先輩が僕に言ってくれた言葉が頭をよぎった。
「この世はやるか、やらないか!」
そうだ、意味があるかないかで考えちゃだめだ。まずは行動することが大切なんだ。
自分に言い聞かせて、騙されたつもりで靴磨きを始めてみようと決意した。
ベッドに腰かけ、スマホのYouTubeアプリを開き「靴磨き やり方」と入力し検索した。
そして気になった動画を選択し動画のリロードが表示される。
・・・・・・・。
動画が流れない。なぜだ?

しまった…!昨日、通信速度制限がかかったんだった!
スマホのゲームアプリをやりすぎて通信パケット容量をすでに超えてしまったのだった。さらにヨシの自宅はWi-Fi環境がない。今時終わってる部屋である。
でも靴磨きを始める事への決意はそがれなかった。
「次の休みの日に、薫池先輩に教えてもらおう!」
こうしてヨシは、靴磨きの世界に足を踏み入れたのだった。
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